自分とのつきあい方―自己肯定感について考える―

自己嫌悪で辛かったり、自分に自信が持てなくて悩んでいる方へ。

自分を変える必要なんてない

こんにちは。梅雨で雨が多くて少し憂鬱気味のこのごろです。

最近、「自分を変えたい」という言葉を聞いて少し複雑な気持ちになりました。自分を変えたらきっとフリーターやニートから抜け出せる、彼氏・彼女ができる、仕事ができるようになるetc.いろんな「自分を変えたい」があると思いますが、なぜ自分の「習慣」や「行動」「考え方」を変えるだけではだめなんでしょうか。自分自身を変えたい、という思いの根本には自己否定があるように思えます。

かくいう私も「自分を変えたい」とずっと思ってきましたし、「変えられる」と思ってきました。小学校5年生の頃、先生や友達とうまくいかず「このままではだめだ」と性格を変えようと試みたこともあります。すごく笑顔を作るようになったし、面白くなくても愛想笑いするようになりました。とりあえず相手に合わせるということをしたんですね。結果友達や先生とはうまくいった面もありますが、自分はなんてつまらない奴なんだ、という気持ちが出てくるようになりました。相手に合わせて自分を殺すんだからそりゃつまらなくなりますよね。

もちろん人に合わせて嫌われない技術を身に着けたことは役に立った面もありますが、でも高校までを振り返ってみると表面的な友達付き合いが多すぎて嫌になります。自分を抑えて人と付き合う癖がつくと人と会う時にストレスを感じるようになりますし、何事もバランスだなと今は感じています。

話を戻すと、「自分を変えたい」という言葉の裏には、自分では意識的にコントロールできない自分の嫌なところがあるんだろうと思います。人と話したいのになぜかうまく話せない、そうしたいのに周りを見て動くことができない、などなど。でも、無意識をコントロールしようと思うと、自分の行動ひとつひとつを確認してしまって、超しんどいです。さらに、いちいちこれでいいのか自信がなくなってさっと動けなくなって、余計気が遣えなくなったりします。そんなこと考えない方が絶対にうまくいきます。

無意識をコントロールすることは人には無理だと諦めてしまいましょう。知らない間に変わっていることはあるかもしれませんが、自分で変えようと思って変えられるものではない。それよりも、今したいこと、できることをひとつずつやっていく方がきっと素敵な自分に近づけるんだと思います。

自分を変えるというのは根本的な解決に見えるかもしれませんが、これこれをしたから自分を変えることができて、全てがうまくいくようになるなんていうのは幻想です(笑)。大学生活の4年間自分を変えようとしていた私の経験から。

自己啓発本にはその手の話がたくさんありますが、ああいうのは本物の自己否定を感じたことがない人が書いていることが多いですよね。自己啓発本なんて、ちょっとやる気が出るくらいの効能しかないので、自分の変え方を学ぼうとするなんて馬鹿げていると思います。

何回も言いますが、そのままのあなたでいい。現代社会の価値観から見れば「できない」人かもしれないけれど、それは多様な「良さ」を認められない社会の価値観がおかしいんです。社会の規範に合わせて自分を歪めないでください。

今生きづらさを感じている人が、違うものの見方・価値観の中で生きられるようにできることをしていくので、少し待っていてくださいね。もしかしたら、あなたがそれを作り上げる最初の人かもしれません。

今日も空は広い。

 

夕(ゆう)

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