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自分とのつきあい方―自己肯定感について考える―

自己嫌悪で辛かったり、自分に自信が持てなくて悩んでいる方へ。

「あるべき」自分を捨てること

おはようございます。今日は「あるべき」自分を捨てることについて。

最近自分がいかに「あるべき」自分に縛られているかに気が付きました。

私は日々自分自身で勝手に「こうでなきゃいけない」自分像を作り上げて、それにしたがって行動しているんだなあということです。

人と明るく接しなければならない、しっかり勉強しなければならない、気が利く人間でなければならない、優しくなければならない、社交的でなければならない、仕事をしっかりしなければならない、えとせとら、えとせとら。

今書き出してみて、自分で自分に課していることの多さに引きました(笑)。そりゃこんだけたくさん「あるべき姿」があればそれに当てはまらない自分を見つけるのなんてすごく簡単で、自分はなんてだめなやつなんだ、と落ち込むのも当然のような気がします。

もちろん生きているからにはある種の自分像というのは常に思い描いているわけなのですが、それにしても縛りが多すぎるとしんどいです。それに、これってある種逆効果なこともあるんじゃないでしょうか。たとえばちょっと判断に迷う状況があった時に、どうすれば相手が嫌な思いをしないか、喜んでもらえるかという基準ではなく、こういう行動を取る自分は相手と自分自身にどう映るか、で行動を決定してしまう。その結果ちぐはぐなことになったりすごい我慢をしてしまったり相手を怒らせてしまったりするんじゃないかな、と実体験から思います。

またこれは「こうでなければ認めてもらえない」という気持ちでもあって、自分自身のままで受け入れてもらえる感覚が欠如しているんだとも思います。だから人といる時に非常に無理をしてしまって人といるのがしんどいのかな、と。でもまず自分自身をさらけ出さないとその感覚は決して身につかないんですよね。

「こういう自分でなければならない」「こう生きなければならない」といつのまにか思い込んでいたら、そりゃ何をしていても肩の荷が降りないはず。それを捨てるのはなかなか容易ではないような気がしますが、まずは縛られている自分自身を再確認するところから始めよう。分析したからといって処方箋が見つかるわけではないですが、少なくとも、まずは知るところからなはず。

書きながらだいぶグサグサ刺さってますが(笑)、ともかく、今日は一日楽しんで生きようと思います。どうあるべきか、じゃなくてどうしたら楽しいか、うまいこといくか。

今日も空は広い。