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自分とのつきあい方―自己肯定感について考える―

自己嫌悪で辛かったり、自分に自信が持てなくて悩んでいる方へ。

自分にはコミュ力がない【いろいろな自己嫌悪】

 年末ですね。ゆったりできる方も、お忙しい方もいらっしゃると思いますがインフルエンザなど気をつけて過ごしてください。

今日は、「コミュ力がない」という悩みについて考えてみます。

私の周りで自己肯定感が低い人の8割くらいは、この悩みを抱えているような気がします。私も自己肯定感が低かった時は自分のだめなところのひとつに必ず挙げていました。それだけ今の世の中がコミュ力至上主義になっているのだなあと私は思っています。友達づきあい、恋愛、就活…コミュ力があれば人生すべてうまくいく、といったような語られ方をすることも多いですよね。

でも、コミュ力のあるなしで人生決まるなんて本当なのでしょうか?そもそもコミュ力なんて存在するんでしょうか?コミュ力がないって言っている人は本当にないのでしょうか?

自分の見えている範囲で話をすると、コミュ力がないと思っている人は、初対面で少し戸惑ってしまったり仲良くなるのに時間がかかったりするけれど、親しくなってみると本当に信頼できる人であることがほとんどです。悪意が全然ない優しい人が多いです。優しさのゆえに、相手とうまくいかないと自分に問題があるのだって思ってしまうということもあるかもしれません。

確かに会話が続かなかったり、同じ話ばかりしてしまったり、そういう傾向はあるかもしれません。でも、ただそれだけです。コミュニケーション能力がないわけじゃない。というかコミュニケーション能力というもの自体存在しないんじゃないでしょうか。

いわゆる「コミュ力がある」人でも長期的に人と良好な関係を保つのが難しい人もいっぱいいると思います。なぜ彼らがコミュ力があるように見えるかというと、自分はコミュ力があると信じているからです。そんだけだと思います。自分にはコミュ力がないと思うと人とかかわることが怖くなってますますコミュ力がなくなってしまいます。とりあえず、コミュ力なんて全然ちゃんとした概念じゃないもので自分を測るのをやめませんか。

多分今の世の中では、いかに短期間に自分を売り込めるかが重視されるから、初対面の良さとかすぐに仲良くなれるか、話ができるかが大事だと言われるんだと思います。就活でもそういうところで判断する企業も確かにあるでしょう。でも、そうじゃない企業だってたくさんあると思いますし、恋愛だって最初はコミュ力かもしれないけれどその後こそが一番大切ですよね。そういうことを考えても、コミュ力がないと悩むのは非常に不毛ですしそれで自己肯定感が下がってしまっては本当にもったいないと思うのです。

それよりも、自分のいい部分が表れるような人付き合いの仕方ってどんなのだろう?と考えてみる方が建設的だと思います。大人数だと無口になってしまうけれどふたりだとわりと話せるなら、そういう環境を積極的に作ったり大切にしていったり。話すのは苦手だけど手紙は得意なら節目節目にきちんと手紙を書いたり。

というわけで、「コミュ力がない」なんて悩むなーーー!!!というお話でした。そういえば、私は読んでいませんが平田オリザさんの『わかりあえないことから―コミュニケーション能力とは何か―』という新書もあるので興味があればぜひ。